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キュリアと謙次 ななじゅうろっかいめ!

↓ いじめいくない ↓


 研究員を全員討ち取ったキュリアは、それから長い時間、研究所の外でふさぎこんでいました。
 どうやらキュリアは、ようやく『人を殺してはいけない』という概念を理解したようです。
 え? 何かきっかけでもあったの? と思っている方も多いと思います。そこで、前回の話を振り返ってみましょう。
 キュリアは研究員たちに殺されかけました。そこで始めて味わったのです。殺されることへの恐怖を。死ぬことへの恐怖を。
 それだけではありません。研究員のうちの一人は、こう言っていました。
『どうだ? もっと味わえよ。死への恐怖を! そして貴様が俺たちを生み育ててくれた部族の人たちを殺したことをあの世で詫びろ!!』
 この発言を聞くまで、キュリアは自分が殺した人を、自分と同じ『人間』であるとは思っていなかったのです。もちろん、人間であることは知っていましたが、……何と言えばいいでしょうか。つまり、『自分がされたくないことを、他人にしてはいけない』という概念が、キュリアの中になかったのです。
 しかし、自分が殺した人が、自分と同じ『人間』であるということを、キュリアは初めて認識できました。
(作者:きっかけがアレなのに、何で認識できたのかって? それはキュリアがクオリア障害だからです。われわれの思考回路とは全然違う思考回路を持っているので、なぜかこうなるのです)
 便利な設定だな。
 そんなこんなでキュリアは長い間、ふさぎこんでいました。自分が犯した罪を悟ったのです。『人を殺してはいけない』というのは、法律で縛られているからではなく、誰もがこの上なくされたくないことだからである、と。
 キュリアは殺されかけたとき、考えたのです。『死ぬ』ということはどういうことかと。
 キュリアは、『死ぬ』ということは『無に帰る』ということと同じだと考えました。死を境に、自分は何を思うことも、何を考えることもできない。うれしいと思うことも、辛いと思うこともできない。気持ちいいと感じることも、苦しいと感じることもできない。人は死ぬとそうなると、キュリアは考えたのです。
 なお余談ですが、キュリアは『無に帰る』ことを大いに嫌がります。どんなに精神的に追い詰められても、『鬱だ死のう』などとは考えません。ほら、最近いじめられっ子がよく自殺するじゃないですか。キュリアはクオリア障害のせいで、ああいう風にはならないのです。
(作者:なお、もっと余談ですが、今いじめを行っている方は、なるべくいじめをしないようにしてください。いじめの対象があなたに切り替わる可能性があるので、いじめられている人をかばえとは言いません。しかし、いじめというのはよくて傷害、最悪殺人です。僕の言っていることは言いすぎではないと思いますよ。いじめられる側が精神的にも身体的にも傷つかないというのは、あんまりないはずです。
 いじめる側が1人減ったぐらいでは、なにも変わらないかもしれません。しかし、1人1人と減っていくことで、いじめの被害に遭う人が減っていくのは確かだと思います。それは、それだけの人の命を救えるということと同じ意味だと思います。なので、なるべくいじめはしないようにしてください)
 ……なあ作者。これなんて小説?
(作者:キュリアと謙次)
 だよな。
(作者:それがどうかしたの?)
 ……作者に聞いたイノブンがバカだった。
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Author:ケーケー
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